五感

リコーが、国内で21年ぶりとなるフィルムカメラの新型機の発売を発表した。フィルムカメラの風合いが人気となっている現状を考慮し、旧来のカメラファンだけでなく、スマートフォンカメラからレベルアップして写真を撮りたいと思う若い世代、全くの初心者層にも訴求する狙いのようだ。リコーイメージング株式会社(代表取締役社長:赤羽昇)は、2022年12月に、PENTAXブランドにおいて、新たにフィルムカメラの開発検討を行う「フィルムカメラプロジェクト」を開始することを発表した。具体的には、リコーイメージング/PENTAXが培ってきたフィルムカメラ開発のノウハウを生かし、ベテランの技術者と若い世代の技術者が一丸となって技術を承継すること、さらに、フィルムカメラが好きなファンや写真家・クリエイターの声を活かして、新たな視点からフィルムカメラを創り出すこと、などが取り組みとして掲げられていた。Film Camera Project (https://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/pentax/filmproject/) には、本プロジェクトにまつわる様々なストーリーが掲載されている。カメラファンならずとも、興味深い開発物語である。「敢えて手間がかかる」楽しみを、この便利な世の中に、新しい価値、として投じたのである。

 

1998年の発売から20年以上経った今も世界でも絶大な人気を集めているのが富士フィルムのInstaxシリーズ、通称チェキである。販売台数の約9割が海外というのも日本製品にしては異色な存在だ。デジタルカメラや携帯電話の普及などで一時下火になったものの、2007年にブームが復活。いわゆるZ世代に高い人気がある。チェキInstaxシリーズは、多様な市場のニーズに合わせて、色、機能を変え、様々なチェキを市場に送り出している。初代のチェキは、当時「インスタントカメラと言えばポラロイド」だった時代、ポラロイド社の基本特許切れのタイミングに合わせ,輸出可能なインスタントカメラの新製品を実現することを目指していた。当然のことながら、日本製で後発なのだから、品質、性能の面で、ポラロイド社製を超えるものでなければならない、という経営陣からの指示。しかし、同社のマーケティング部は、市場における高校生の動向に着目していた。1995年には、プリクラ(プリント倶楽部)が登場し、様々なギャルが街を埋め尽くすようになった頃である。デジタルカメラに比べインスタントカメラには、それほど革新的な機能が開発されていたわけではない。チェキには、手軽に持ち運べて、どこでも写真が撮れて、交換もできる。全く新しいコミュニケーションツールとしての価値が市場によって創出されたのである。このチェキも今年7月に新製品を販売開始する。

 

一般消費財を開発している両社には、自社技術をどのように市場ニーズに合わせられるか、という課題に常に向き合う風土があることを感じる。そしてその開発に「お客様」が加わることで、相乗効果が生まれることを経験として知っていることも理解できる。人間が何かを認識するときには、必ず五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)から情報を取り込み、その印象を受け止めて脳で判断する。レトロブームを巻き起こしていると言われる若い人達が、「懐かしい」と思う感情は、1人1台のスマートフォンの中から生まれるものではなく、結局は、五感から得た様々な情報を無意識のうちに頭の中で整理して「これはイイ」と思う情報にまとめた、ということだと思う。五感に訴える製品が生き残る。手動の巻き上げレバーを動かし、巻き上げ音を聞いてみたいものだ。

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