ミニマリスト

オフィス内の座席移動計画により、共有スペースに保管していた資料等、荷物の整理を迫られた。保管した当時は保管したほうが無難=使う可能性は高い、と思って保管していたハズなのだが、蓋を開けてみると使う可能性が低いモノに変わっていた。「会社」という公的な場で使用するモノの保管、処分についても、実は、私的な感覚を導入してしまうことで発生している事象の1つなのかもしれない。もちろん、業種を問わず企業として保管すべき書類は保管期限が明確なモノが多く、そのような公的書類を取り扱う部署では、私的な感覚など導入されることはなく、ルールに従って保管され、粛々と処分されているのだと思う。製造業のエンジニアが関わる「公的文書」が図面なのだとしたら、PL法などにより損害賠償請求できる期間は10年。少なくとも10年間は保管必須だ。問題は、その製品を製造することに関わったそれぞれの関係者は、最終的な図面に至るまでの「経緯」に何らかの責任を持っていたわけで、使われた技術や、承認の経緯、責任に関わる情報がどのように保管されているのか、10年後、新人が閲覧してその事実を確認できるのか、ということである。そんな状況では、2025年の壁に激突するぞ、と警鐘を鳴らされているのだ。

 

比較的部品点数が少ないと思われる電子ケトルを例に挙げる。本体(本体容器、注ぎ口、蓋、取っ手)、電源プレート(コネクタ、電源プラグ、電源コード)、金属プレート、電熱ヒーター、温度センサ(バイメタル等)、スイッチ等含めて、15部品~20部品で構成でき、購入部品を使えば、設計部品点数は、10部品以下に抑えられるかもしれないと推測できる。10の公的部品図面が作成され、5程度の公的アセンブリ図面が作成されるのだろう。一方、電子ケトルの特長を持たせるために、消費電力量、安全性、デザイン性、使い勝手(ユーザーエクスペリエンス)についても協議されるはずだし、最終案に到達するまでにボツになったアイデアと設計案もある。指数倍的とは言わないが、1つの部品に2~5の追加情報があり、最終案に至った承認プロセス、責任の所在もりっぱな情報である。仮に自社であれ、協力企業であれ、製造まで実施している場合は、さらに2倍以上の情報が追加されるのは必然。最終的に保管されている公的文書=図面には、それらの情報が漏れなく添付され、網羅されてきたのだろうか。

 

冒頭に出た「処分」されたモノ達は、企業にとっては「公的」な書類ではないが、自分にとっては、課題に対応する案を造り上げるために必要な情報だった。中には、10年以上前の資料もあり自分にとっては大切だったのだが、処分を決めた大きな理由は、使う可能性が低い、というより「インターネットでも検索可能な情報に変化してしまった」と判断したから。書類などの「紙」は、場所を占領するだけでなく、インデックス化されていないしリレーショナルでもないので、結局「これ」という情報を探すのに時間がかかる。場所も時間も無駄にしていた、ということだ。極論として、ことエンジニアリングに関しては、最終的な「公的文書」に関わる全ての情報と、責任の所在が誰にでもわかる状態でデジタル管理されていれば、紙媒体は無くても良いのかもしれない。最近、「ミニマリスト」と呼ばれる、必要最小限のモノしか持たないライフスタイルの人々が話題に上る。必要なモノの量は人によって異なるし、きっとこの人はモノに囲まれているのが心地良いんだろうなぁと思われるデスク環境の人もいるので、どちらが良いとか悪いとかという議論ではない。本来の意味ではないかもしれないが、エンジニアのミニマリストとは、必要最小限の自分だけが持っているのかもしれない設計ノウハウを惜しげもなく他と共有でき、全体の生産性向上を考えられる人なのだろう。そして、エンジニアのミニマリストは、桁違いの情報量に埋もれるマキシマリストでもある。だから愉快な仕事なのかもしれない。

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