せん断強度
読者の皆さんは、2019年(令和元年)9月9日に関東地方に上陸し、千葉県内を中心に甚大な被害をもたらした台風15号の強風により、千葉県市原市内のゴルフ練習場のネットを支える鉄柱が倒壊した事故を覚えているだろうか。倒れた鉄柱により近隣住宅に大きな被害が出たこともり、補償を巡って長くニュースになっていたことが思い出される。今年もまた、ゴルフ練習場の鉄柱が倒れた。倒れたのが練習場側だったので周囲の建物等の被害は無いらしい。2019年の台風で観測された最大風速は、57.7m。奈良県で発生した今年の鉄柱崩壊の原因となった風(最大風速)は、28.7m。いずれも観測史上に残るような強風であったことは間違いない。奈良市の鉄柱倒壊に関する原因は、調査してみなければ何とも言えないが、2019年の市原市で発生した鉄柱の倒壊は、近隣の同様な建物に被害がなかったことから「構造上の問題」があったのではないか、と考えられてもおかしくはなかった。
市原市のゴルフ練習場のネット構造は、一般的なもので、練習場を囲むコの字型である。倒壊したのは、片側側面だけ。ネットを支える高さ約30メートルの鉄柱13本が約110メートルに渡って、3つの大きな構造体、①地面に接する部分 ② ①の上側に追加された部分 ③コの字型の角に接続された部分(崩壊しなかった部分) を接合(ボルト接合)したものであった。素人が考えても、②が最も不安定であることはわかる。そして最も弱い「接合部」で、ボルト破損が発生し、110mにも渡る構造物が、連なって倒れた、と推定されている。今回の奈良県のネット構造は、コの字型であることは一般的ではあるが、市原市のそれとは異なり、一つの面として構造が成り立っている。その1つの面が、一気に倒壊した様子だ。映像では、鉄柱の地面との接合部付近が折れ曲がっている箇所、また、地面と接合されているはずのプレートが引きはがされてしまっている箇所が見られた。45メートルもある複数の鉄柱が、何度も繰り返し強風にあおられたことにより、不規則な共振を誘発し倒壊、または局所非線形座屈が発生した可能性があるだろう。
モノは壊れる。その原因の追究が大切である。過去の指標は、必ずしも現在の指標や基準にはならない。「観測史上初」の強風は、めったに遭遇するものではないが、起こる可能性のある「条件」である。「自分は45mの鉄柱構造物を設計しているわけではないので関係ない」のではなく、起こり得る条件の範囲を思いめぐらすことが重要である。この極端とも言える仮想環境を作り出すことで、センシング機能のアルゴリズムを、深層学習からシステム検証まで効率的に開発することが、今、ADAS開発にも活かされている。たかがM10ボルトだが、1本で5700Kg程度の許容荷重はある。ただし、せん断強度においては、その60%程度しかないのだ。めったに発生しないせん断力が発生するかもしれない「仮想環境」を作り、「まさか」の事態を知っておく必要はあるだろう。